いよいよ3月も終ろうとしています。
今日はご受難の日。
十字架刑のその日です。
主イエスは、午前9時に十字架に打たれ、
午後3時に天に召されました。
今は、御苦しみの只中である、ということになります。
今、私の心境は、
最後の晩餐にたとえることができるかもしれません。
勝手な思い込みだと言われたら、それまでですが、
あと3日で死を迎える、という心境に似ています。
今の状態で、3日後に死ぬのだと宣告されたら、
あなたはどうしますか?
今の私は、病気でもないし、死から遠い年齢です。
ですから、実感もないし、その宣告は誤りではないかと思います。
なんども、それは間違いじゃない?
そう思うのです。
しかし、死は訪れると宣告されたらどうでしょう。
実感はないが、そうなのだろう、と漠然と思うでしょう。
今、そのような心境です。
死を目の前にして、人は何を考えるでしょうか。
もしかして、本当に目の前になっても、
希望を抱き続けるのかもしれません。
ここで死ぬのか、私は、これで死ぬのか、
そう疑問を投げかけつつ、息絶えて行くのかもしれない、
そのように想像します。
人は、最後まで生きようとするのではないだろうか、
そう思います。
今の私は、死を目前にした者の感覚です。
死とは何か、
今更、そんなことを考えたりしつつ、
時はやって来ます。
私の、金曜日午後3時。
私は、何処へいくのでしょうか。